いそがしや





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酷暑が続き、何やら…家族も仕事も忙しい毎日が、酷暑のように、こちらも続き、早くも夏バテになりそうなこの頃です。

夏と言えば、🌻向日葵!と思っていましたが、今年は木槿が目に飛び込んでくることが多いです。先日尋ねた大学にもあり、暑いなか、しおれず、結構頑張っているなあ、と眺めてきました。写真は我が家のです。何故か90度回転?

週末も連続でお仕事で、頭が忙しいのに、地方で大学生している子どもが体調をくずして、急遽、看病に出掛けたり、自分の年齢に合わないスケジュールをこなしておりました。

今日は、絶対仕事はせず、一日休養!と、明日の忙しさが少し気になりましたが、明日への思いを振り切って過ごし、まあ、ゆっくりしました。

時間コントロールは難しく… ふと、

[そういう時期が、人生で一番いい時期]と言っていた亡きおじを思い出しました。

アディクションを追いかけて

毎年、講義内容を考えることをきっかけに、その年年のアディクションの行方を追っています。学生の身近な関心は、一昔前には摂食障害が多かったのですが、最近はSNS依存についてに移行していて、スマホから離れられないと嘆いています。

一方、今年はエナジードリンクや眠気防止薬による若者のカフェイン中毒が問題になっています1)。2011年からの5年間に少なくとも101人の病院搬送があり、内7名は心停止となっていて、深刻なことです。

この話題を講義で取り上げたところ、エナジードリンクを思い浮かべたし、アディクションは他人ごとではないという感想が沢山寄せられ、気が付かないうちに依存がじわじわと浸透してきていることが自覚されたようでした。

今日、たまたま入ったコンビニでは、入り口にそのエナジードリンクが数種陳列されていて、色さまざまなパッケージが人目を引いていました。健康的な商品のイメージに誘われて、レポートに試験に部活に忙しい学生たちや新し物好きな学生たちは、手に取るのだろうなあと思いました。

そんなに眠気に抵抗してまでやらなくてはいけないことが沢山あることに、異常事態を感じさせられているのですが。

アディクションが時代を反映する状態であることがひしひし感じられるエピソードです。

 

1)カフェイン過剰摂取注意 中毒、5年で101人搬送 学会調査:朝日新聞デジタル

 

リフレクティブな関係ー学会を通して

無事に第27回日本精神保健看護学会が終わり東京に帰ってきました。

今回は、語りがテーマであっただけに、関心も深かったのですが、大会長の長年にわたる研究へのずっしりと重みを感じる語りの講演に心を揺さぶられたり、また、知人が十年以上も前に行った研究をやっと発表した会場に参加する機会を得て、彼女の長年に亘る精神看護への思いをせつせつと感じたり、と心に応える2日間でした。

他にも、フィンランド 西ラップランドのケロプタス病院のオープンダイアローグについてのワークショップでは、家族や援助チームのリフレクションの実際にロールプレイを通して多少触れ、人を通して支え合い回復することへの希望を改めて見いだせた収穫もありました。

最終のシンポジウムでは、″語り合う当事者・看護者 試される未来に向けて”、というテーマで、4名の精神障害者グループと、4名の看護師グループが登壇して、そこに各1名ずつのコンダクターが入って、両グループが交互に語り合いを繰り返すという、これもまたリフレクションを柱にしたもので、とても興味深かったです。

まず、当事者グループが20分間フリーに話をすると、それを受けて看護者グループが20分間話し合うといった具合でした。さらに、後半では、会場も含めてリフレクションを拡大するという企画でした。

当事者グループの忌憚ない語りの中に、看護師が、登場人物としてあまり出てこなかったことについて、看護者グループは寂しさを感じていましたが、それなのに「存在が前に出ない方がいいのかもしれない」と看護者が言っていたことが、本当の気持ちと逆のことを言っているようで心に残りました。当事者が自立していけば看護者は不要になるので当たり前ではあるかもしれないけれど、看護者がもっと当事者に認めてもらえても当たり前ではないかという承認欲求も、また当然であるように思えたのです。

当事者と看護者それぞれの心の中には、甘えたいけれど甘えられないというアンビバレントな思いがあるのだと思います。「怖い看護師が優しくしてくれたことが印象に残っている」という当事者の発言がありましたが、まさに、統合されきれないような看護師像と甘えたいのに安心して甘えられない裏腹な気持ちが表れているように思いました。精神の病は甘えの病といったゆえんでしょうか。

甘えの関係から、当事者ー看護者をゆっくり眺めれば、しっくりとした「これからの関係」が見えてくるようにも思いました。

 

北海道へ

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かなり久しぶりに、北海道に来ています。学会のワークショップで、今年も精神看護学教育体験のグループを行ってきました。

グループでは毎年新しい発見がありますが、今年はそれに加えて、企画者でゆっくりレビューも含めて話せたことが、とてもよかったです。海や山の幸も満喫しました。

今朝、東京から始発電車に乗った時には、朝なのに疲労してましたが、今はゆったり満ち足りています。

メンバーに感謝するとともに、もう少し自分の時間を大事にして、このブログも更新し、周りの方にももう少し貢献できるように、と思います。

 

写真は夜の北海道庁

浦安あおべか介護タクシー 申し込み

 あおべか介護タクシーがスタートして早や2か月少し。順調に依頼が増え地域貢献されているようで、何よりです。看護師のタクシードライバー、応援しています!!

 

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子どもの日

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今春は桜の開花が遅れ、さつきもハナミズキも花と葉っぱが同時に開いてしまい、いつもは花びらで一杯の木を見ることができたのに、期待がやや裏切られてしまったと残念に思っていました。けれども今日、どうかな?と思っていたバラが、毎年と同じように咲いているのをみつけ、ほっとして撮影しました。

いろいろなことに対応しきれず4月が去りました。仕事は年度初め、家では出発したはずの子どもの新しい地域への適応と、私自身の適応におおわらわ。上の子の時のことを思い出し、高校生から大学生になるというのは学習内容が大きく変わって大変なことなのね、と改めて思いましたが、遠くに離れているのに、パソコンの接続や使い方や、洗濯が上手くいかないとか、小さなことへの時間がかかるのが、事態を困難化し、心配が募り募りの日々でした。

ようやく部活も決まったとかで、ゴールデンウィークは同じように地方に出た同級生を訪ねたりしながら今夜には帰ってきます。

帰ってはくるのですが、昨日、名古屋大の学生が寮で火災に巻き込まれ命を落としたニュースを聞き、親としては穏やかではない心境です。何か対応しなくてはいけないのではないかと、ドキドキうろうろしてしまう始末で情けない一日を過ごしました。子どもの近くに職場を変えようかと思うくらいです。

と思っていたら、今朝の新聞に「だいたい子どもというものは、親の目が届かないところで育っていくんです」と河合隼雄さんのことばが取り上げられていて、それをみてまた考えてしまいました。寺田寅彦さんは、「子どもに教育されることもまた親の義務かもしれないのである」と述べておられましたが、全く持ってどんぴしゃ! の、子どもの日になりました。

 

受験生の母

ここしばらく受験生の母の世界に浸っていたせいか、発信力が落ちてしまいました。

上の子どもの時より歳を取ったせいか、特に年末から合格発表がなされた最近までにかけて、受験生に合わせて時間と体力をコントロールするのに骨を折り、私の方が持ちこたえられないかもしれないと思うようになって2か月位で、ようやく結果が出ました。

合格翌日に住まいを決めるために現地に出かけたのですが、わたくし、なんと朝から腰痛で、内緒でベルトを巻いて出かけたしまつでした。そして、第一志望に受かっておめでたいのと、さみしいのと、感情が一杯になってしまい、あげく、どれがどの感情なのか、判別が付かなくなってしまうという2週間を過ごしました。

本人も、けろっとしているかのようで、いつまでたっても引っ越しの準備をしてくれず、友だちや高校の部活の練習で日々を過ごしています。私だけでなく、他の家族や長くお世話になった床屋さんも、さびしいさびしいと言っていますが。本当は、本人が一番いろんな思いをしているのでしょうね。

これで、私も受験生の母を卒業です。4月から、どんな毎日が待っているのか、いや、待っているのではなく、梅のつぼみのように、積極的に光を集めて日々を作っていかなくてはと思います。