梅の開花

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東京では梅がちらほら開花し始めています。まだまだこれから2月という時期ですので、寒い日の方がたくさんあると思いますが、そんななかで、気温が上がる日の、暖かな日差しを、ここぞとばかりにどん欲に吸収して蕾をぐっと膨らませるのでしょうか。今年はそんな風に見えました。

毎年、梅の開花には励まされているように思います。やがて春が来ると希望を持って明日も頑張るようにと。

 

あおべか介護タクシー

精神看護学教員のグループでずっと一緒に企画や運営にご協力くださっていた方が定年退職され、この春3月から介護タクシードライバーとして再出発されます。先日、パンフレットを送ってくださり、運転手でかつ看護師である、その方の開業がまじかとなったことを知り、とってもとっても嬉しい思いです。電動リフトつき、車いすの貸し出しあり、何より看護師が付き添ってくれるのですから、利用者は何倍も安心だと思います。通院、観光、買い物他、さまざまな外出にご利用いただけるようです。割引制度などもあるそうです。

「浦安あおべか介護タクシー」の命名は、山本周五郎の小説から、だそうです。べか舟である「青べか」は、浦安を中心とした東京湾の海苔を採る専用の小舟でした。かつて浦安一帯は漁師町として大変栄えた街で、とれた海産物を乗せて日本橋の魚河岸まで商船が乗り入れていた歴史もあるようです。

これから一体どんな路が開かれていくのかワクワクしますし、私はとっても刺激を受け、日々の小さな世界に引きこもらずに外に視野を広げていかなっくっちゃ、とお尻を叩かれた思い、そして元気づけられました。

営業所は浦安市今川、最寄り駅は京葉線JR新浦安駅舞浜駅

℡ 070(5554)9307

光のアトリエー人間としての回復

渋谷のユーロスペースで「ニーゼと光のアトリエ」という映画が上映されています。1944年のブラジルが舞台の実話で、電気ショック療法やロボトミーが最新治療として日々行われていた時代に、女性医師ニーゼが芸術療法を通した人道的治療を通して慢性重症精神科患者を回復に導く物語です。

最新の治療道具としてのアイスピックの代わりに絵筆を治療道具として患者に与え(クライエントと呼ぶように看護師に働きかけていました)、自由を与え、そして彼らの言葉に耳を澄ませる気力の力強さは絶大で、途中イタリアの精神科病院を廃止に導いたバザーリアを思い出しましたが、そのもっともっと前の時代の試みとあってさらに驚愕の思いで観てきました。

絵の中にはクライエントの心理が反映され、そして書き重ねるごとに、ばらばらであった絵にまとまりが生まれてくる。やがて曼荼羅と言える模様が沢山現れていることを発見し、ニーゼはそれをカール・グスタフユングに送ったようですが、その後もユングとの親交が続いたようです。クライエントのなかには本物のアーティストもいることも徐々にわかってきます。とにかく胸を打つ絵や彫刻と個性に圧倒されました。

芸術に取り組む環境を整えること、人間としてクライエントに向き合い、病衣から普段着に、女性にはルージュを、病院からピクニックへ、と入院によって奪われていたものを戻していきます。人間が身の回りのものによって人間らしくいられるのだという当たり前のようなことを改めて実感しました。

ニーゼ・ダ・シルヴェイラは、1999年に94歳で亡くなっていますが、映画の最後の方に、生前ドキュメンタリーで撮った映像で登場してきました。ユーモアあふれる人柄で「時代のために闘う道は一万とある」と言った言葉が心に残りました。

 

 

 

さざめきと亡霊

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「ボルタンスキー展」を観に東京都庭園美術館に出かけてきました。クリスチャン・ボルタンスキーは、一貫して、歴史の中でろ過される記憶の蘇生やそのなかでの匿名性の生と死を表現しているフランスの現代美術家です。アニミタスーさざめく亡霊たち というタイトルで、亡霊たちのさざめきが展開されていました。

朝香宮廷である美術館に入って行くと、はじめに、どこからともなく女性や男性の声が飛んできて、その言葉が私自身と関連しているかのような感覚に襲われました。幻聴体験というのでしょうか。平日の比較的空いている時間に入館したせいか、幻聴体験は奇妙な感じに、私が次の部屋に移っても追ってきて、誰かが壁の向こうに存在しているかのような錯覚に陥りました。

宮廷をめぐっていくなかでは、おどろおどろしい揺れる影が映されている部屋、暗闇に心臓音がどっくどっくと流れる部屋があって、一人で訪れている人たちが部屋の真ん中で立ち止まり、部屋全体に流れている感覚や感情を味わっていました。立ち止まらざるを得ない何かの力があるかのようでもありました。また、大会場では、カーテンの間仕切りの上の方に女性や男性のまなざしが描かれていて、あちこちからまなざしが飛んでくるかのようでしたが、2人づれの女性客が黙って観ていられないのか、くちゃくちゃとおしゃべりをしていました。幻想的な場にそぐわない現実的な声が響く違和感と、そのそぐわない場に対しての不思議な現実感を感じました。

最後に、さざめきを表す2つの映像の部屋。ベンチが準備されていて、そこで一人見入っている若い男性がいました。ベンチが二人掛け一脚しか無い、一人か二人で味わうことを設定としているかのような部屋のなかで、大自然の映像に風鈴音がながれてきて、亡霊がとなりに居そうに感じる体験を提供していました。

こうした表現の奥底には、ナチス強制収容所の死の記憶があるのだそうですが、私は統合失調症者の体験世界を表しているようにも感じました。一人でぐっと集中して回ってみたことで、自分自身が、そうした体験に近づき非現実と現実の間を行き来したような時間をすごしました。

緯糸と経糸

今春のことです。

就職活動をしていた長男が、懇談会懇談会と言って出かけるので、どんななのかと聞くと、2年目の社員との懇談会だから、就職後の仕事について何でも聞けるからいいんだよ、などと言っていました。人事部門との、1対1とか1対2とか面接場面なら私にも思い浮かぶものの、若い者同士での懇談会と聞いて、就活も大学受験の学生相談コーナーのような方法が取り入れられるようになったのだ、と時代の移り変わりについて行けないような思いでした。

高校生が大学を選択するのにも、その大学がどんな研究や教育を行っているのか、目指しているのかということよりも、どんな学生生活が待っているのか、学生から見たカリキュラムとは、勉学とのバランスはどうか、人間関係はどうか、そういったことについての、学生同士の情報交換が大きな役目を持つようになってきたようです。少子化で経営難に陥りだした大学は、そうした受験生獲得方法が功を奏するなら取り入れざるを得ないでしょう。

けれども、高校生と大学生も、大学生と2年目社員も、ほとんど横のつながりです。受験生や就活生には、ずっと先に目指すものではなく、ほんの先に進む先輩の方が頼りになるのか、あるいは不透明な世の中なので、遠い未来目指してなどということは思いもつかないのかどうか。

緯糸のみでは、どんなに厚い重なりができても、上下に開けば、簡単に向こうが見渡せて容易に手なんかをずぶっと通り抜けさせることができるような織物しかできないと思うのですが…しっかりとした経糸が必要なのでしょう。

どうも、しっかりとした経糸として活躍するような、良きリーダーが存在しなくなった今この時代、緯糸の厚みと細い経糸で編まれた織物で未来に向かっていくことになるのでしょうか。

という私は経糸となる世代なのですが。現状維持がやっとのこの頃で、情けないです。