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教育1 看護基礎教育の方向はいづこに?

看護基礎教育の焦点は、看護の本質や方法論にありましたが、バブル崩壊後の臨床看護に、コンシューマーという言葉が加入されるようになったころから、徐々にその方向を変えていったように思います。

このころから、医療への市場原理の導入が加速化し、看護師の配置人数を決める診療報酬制度は、看護の質の担保から、人件費抑制、つまり賃金の安い看護師雇用へと矛先を変えていきました。

目標管理が追い打ちをかけることによって、個別のケアについてじっくり考えるよりも業務の効率化に中心がシフトしてしまっている場合も出てきました。実際、昔はもっともっと看護ケアの質があがっていくと予測していましたが、現実には実感できません。そう思っているうちに、今度は新人看護師の技術到達レベルが問題となりました。

数年前、厚労省は、看護技術のレベル向上に向けた基礎教育カリキュラム改変の必要性を提言しました。それによって、卒業時の看護技術到達レベルを上げることに注目できましたが、広く深い人間理解や看護過程の丁寧な教育は、逆に注視されにくくなったように感じています。看護師不足の深刻さによって、基礎教育時からの卒後教育、さらに質よりも量、最低限の技術提供と安全管理ができる看護師養成へと急ぎすぎてはいないでしょうか。

ところで、看護系大学の専任教員の人数の規定は収容人数200人~400人 で12人以上、3年課程看護専門学校の専任教員の人数規定は8人であり、決して多いとは言えません。

それでも、バブル崩壊後しばらくは看護教育の全大学化も夢ではないかもしれないと思っていました。せめて基礎教育4年課程への統一化によってじっくり学ぶ期間を拡大できると期待していました。しかし、今ではそのような話は泡と消え失せてしまったかのように話題にもならなくなりました。看護の社会的地位の低さが、不況によってこうした形で露わになったかのようにさえ見えます。

かつてナイチンゲールは、「世の中で看護ほどに、その仕事において<自分が何を為しうるか>が<自分がどのような人間であるか>にかかっている職はほかにはない」と言いました。看護とは何か、多くの病気に深く苦悩する人々のケアを行うことができる看護師を育成するにはどのような看護基礎教育が必要なのか、もっともっと考えていく必要があるのではないでしょうか。

 

参考:

新訳 ナイチンゲール書簡集 現代社

角田由佳(2007)看護師の働き方を経済学から読み解く、医学書院