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職業4 マインドフルネス

職業選択において、内なるものに気づくことの大切さがアピールされるようになりました(職業3 働き方について 自らの声を聴くこと 参照)が、これは、今時の社会変化、つまり速さと複雑さへの適応に向けた対処とも言えるでしょうか。精神医療においても、最近「マインドフルネス」つまり「気づき」が注目されています。

マインドフルネスの由来の一つは、仏教のヴィパッサナー瞑想にあるようです。ヴィパッサナーは、「観る、観察する」意味のパッサナーと「特別な方法で」を意味するヴィが合わさった言葉で、物事を明確に、構成要素の一つ一つを区別して明晰に見ること、物事の最も根本的な本質を理解するために始めから終わりまで鋭く洞察すること、気づきを育てることを言うそうです1)

 自分自身のあり方を、「行うことdoing」から、「あること」「いること」beingへ転換することとも言いかえることができそうです。

目を閉じて静かに呼吸に集中します。呼気と吸気のつながりの一連に気づいてきたら、鼻孔の縁を空気が出入りするたびに意識します。その時、大工さんのように集中、すなわち、のこぎりの刃を見るのでなく板の表面に引いた線を見るように鼻孔の縁に心を留め観察します。あたかも門番が人の細かいところではなく人が出入りするところだけを見るように、鼻孔にふれる感覚のみに気づくようになります。呼吸は徐々に微細になりきめ細かくなり、しかし心は鼻孔の縁に留まっています。さまざまなイメージが浮かび上がるかもしれません。しかし、心は瞬間瞬間変化していきます。どのような瞬間にも執着せず、それは瞬間とともに現われ、瞬間とともに消えていきます。けれども今の瞬間に心を留めておくには「今の瞬間、何が起こっているのか」に気づかなければならず、それには集中力が必要です。今の瞬間とそれが移ろいゆくものであることへの気づき(マインドフルネス)が育つと、変化にたいする不満や、嫌な経験に対する怒り、楽しいことへの欲、「私」という概念などは、無常、苦、無我を観察する深い智慧に入れ替わります。この智慧が安穏と幸福へと導くと言います。

職業選択への内なるものへの気づきに辿り着くにも、こうしたプロセスが必要かもしれません。

マインドフルネスの意味を初めて知った時、私は35年以上前の高校時代を思い出しました。私の通った高校は社会科の一部が個人発表による授業だったのですが、自分がブッダの発表をしたことを思い出したのです。無常とは何か、高校生ながら考えさせられました。それから、時代が変わって、ストーリーとしての見方、それをつくる「私」を中心にした見方に重きが置かれる時代が来たのですが、今もう一度、執着しない見方に重きがシフトしたのかと気づいたとき、時代が廻っている実感とともに、なぜ?どうして?と強い抵抗を感じました。

それでも、しばらく経って、執着すると自分が見えなくなるものだし、私も半世紀以上も生きたのだから「統合」という課題が与えられているのだと思えるようになってきました。ずっと統合に向けた右往左往なのでしょうけれど。

さて、忙しい世界トップリーダーたちも瞑想を実践しているそうです。自分の感覚に近づいて心を静める時間が、トップリーダーたちに、将来構想をみせてくれるということなのでしょうか。

 

参考:

1)バンテ・H・グナラタナ(2011)出村佳子訳(2012)マインドフルネス 気づきの瞑想 サンガ

2)忙しい世界トップリーダーたちがしているたった一つのこと | 谷本有香