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精神保健看護4 患者の体験を全体的に捉えるには

先日ご講義「生きることと病むこと-その歴史的変遷」を拝聴した時のことです。ご講義は、一般市民を含めたかなり幅の広い参加者に対して、ご自分の病気体験にも引きつけながらの、医療史入門とも言える内容でした。

途中では、ふむふむと納得しながら聞いていたのですが、質問や感想の時間になった時に、病気についてのネガティブな受けとめ方と、ポジティブな受けとめ方についてがある質問者から取り上げられ、それについて、先生が医療史の立場では、病気体験のネガティブな現実をまずは受けとめて理解していくという意味の説明をされた部分がとても強い印象に残りました。

ところで、医療史においても、近代医療の発展が必ずしも人々の健康にむすびついている訳ではないことが明らかにされているようですが、私も1980年代後半に発刊された「慢性疾患を生きる-ケアとクオリティ・ライフの接点」という翻訳本に出会った時に、そのことが腑に落ちたのを覚えています。看護師として受け持った骨髄移植を受けた患者さんがさまざまな合併症で長く療養をしなければならない現実を目の当たりにしたり、癌患者の生存率が上昇し慢性疾患患者のQOL(Quality of Life)に着目されるようになった時代でした。

この後、看護領域ではQOLをテーマにした研究や教育が盛んになり、看護基礎教育でも疾患の看護という枠を超えて、患者の生命、生活、人生を全体的に理解することを重視して教えられるようになりました。しかし、一方で医療費の高騰への対応が入院期間短縮の方向で進んだ結果、現在、急性期病院では入院期間が10日前後まで短縮化し、医療現場では全人的なケアよりも部分的なキュア(治療・治癒)重視の傾向が強まっています。こうした傾向は、私が専門としている精神保健看護の領域でも生じてきています。慢性疾患のQOLについては、今後は在宅医療の発展に希望を持つことができるかもしれませんが。

さて、なぜ、ネガティブな部分もまずは受け入れる、ということが印象に残ったのかというと、特に急性期の看護はDoing重視な傾向が強いために、ややもすると結果重視、つまり、プラスの目に見える成果を求めがちなために、ネガティブは×、ポジティブは○という偏った見方に陥ってしまうことが多いことに改めて気づかされたからです。ネガティブな状況に持ちこたえる力-負の能力(Bion)があまり強くないのだと思います。持ちこたえることで、新しい展望が開けてくるのだと思うのですが。とは言っても、一刻を争う状況の患者さんや回復が芳しくない患者さんを前にし続けると、ポジティブな結果に飢えてしまう看護師の現実もあります。患者さんにはポジティブになって欲しいという願望があるのです。

「慢性疾患を生きる」の主著者であるAnselm L.Strauss 博士は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の看護学部社会学の教授として長く教鞭をとっておられた方です。初版の序では、「医学的な知識や技術のめざましい発展にもかかわらず、この慢性病は消え去るものではないでしょう」と指摘し、系統的に考えるための枠組みを提示しています。その枠組みは、医学的危機から療養、社会関係、経済的問題、ライフサイクル上の問題など広くにわたったものですが、俯瞰して捉えているあたり、やはり人文科学系の学者ならではだと思いました。

第一線で働く医療人は目の前に囚われてどうしても狭視野に陥らざるを得ない状況にいます。人文科学との連携をどのように作っていくのか、これからの益々の課題であると思いました。

 

文献

 Anselm L.Strauss…etc(1984)/南裕子監訳(1987)慢性疾患を生きる ケアとクオリティ・ライフの接点. 医学書院