アルコール2 アルコール依存とアディクション

 

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とある大学に毎年一回出張し、アルコール依存症アディクションについての講義をさせていただいています。なぜか、毎年曇り・・・。今年は桜の木の葉から少しの木漏れ日が・・・。

 

アルコール依存症というと、精神科病棟には、飲酒によって人間関係、社会関係に問題が生じたような場合に入院して来られますが、患者さんの多くは、むしろ、肝硬変、膵炎、消化性潰瘍、他全身の臓器障害で内科や外科などの一般科に入院されております。アルコール1でも述べましたが、アルコールの関連死は、WHOの2012年調査によると、10秒に1人、さらに死因の3分の1が糖尿病と心疾患で占められているとされています。

と、聞いても驚くばかりかもしれません。飲酒経験はあっても、依存症は他人事といった受けとめ方が多いのではないでしょうか。

さて、今年7月15日の朝日新聞 be between1) に、やめられないものありますか?と題された記事が出ていました。朝日新聞のbeモニターが対象となった調査結果を紹介しながら依存症にも言及しています。表題の質問の返答では、63%の人が「ある」と答え、やめられない品目として、トップから、間食 440人、酒 220人、夜更かし 202人、過食 181人・・・となっていました。やめられない理由は、意志が弱い 761人、やめるとストレスになりそう 436人、暇をつぶせる 174人等です。「わかっていてもやめられない」そんな嗜好品や行動は誰にでも心当たりがあるようなものなのです。そういうふうに自分に引きつけて思い浮かべてみると、それらが高じて疾患にいたった人々との間に存在する壁が意外と低いことに気づくことができるのではないでしょうか。またこの記事に、やめられないものとしてアルコールの他にも・・・間食・・・とあがっているように、こうしたさまざまな物質、行為、関係への埋没としてひろく捉える見方が、アディクション(嗜癖)という言葉によって可能になりました。

みなさんは、自転車に乗ることができますか?もちろん乗れる方はたくさんいらっしゃると思いますが、大人になると電車や車を使うようになって、乗る用事がなくなってしまい自転車に乗っていたことを忘れてしまうこともまた多いと思います。ところが、数年数十年経って、例えば子どもをシートに乗せて走らなくては!という状況になってドキドキしつつ乗ってみると、すごくひさびさなのに、自転車には乗れます。不思議ですが身体が覚えているのです。

同じようにアルコール依存症者の身体には泥酔する飲み方が刻みこまれています。そのため、断酒十年後の同窓会での乾杯をきっかけに再発するようなことがあるのです。断酒と言って、お酒を完全に断つ療法の継続を重んじるのはこのためです。よくアルコール依存症は「意志の病」などと言われておりますが、実際には、意志ではコントロールできないのでくるしいのです。自転車に乗るのが習慣とすると、過度な飲酒行動は悪習慣と言えるでしょう。身近にイメージが広がってきたでしょうか。

アルコール依存症者の心には耐えがたい大きな感情が渦巻いていて圧倒されしまい、そのコントロールが難しいために、依存症者は酩酊し身体感覚を鈍化させることで対応しようとしています。根本的には大きな感情の裏に潜む喪失感、心の痛み、不安などさまざまなネガティブな感情に対する支援が必要なのです。もともと昭和39年の東京オリンピックを機に、街を放浪する酔っ払いの取り締まりの副産物として、初のアルコール専門病院が久里浜に建てられたという歴史がある2)くらいですので、「疾患」とはっきり診断できるのかどうか?非常に微妙な場合もあるのです。心理社会的背景に大きな要因を十分吟味する必要があると言えます。

アルコール依存症者には彼彼女らを取り巻く人々との相互作用が相互に影響しあっています。アルコール依存症の夫と、その世話に明け暮れることにパワーや存在感を得る妻のカップルの関係は共依存関係と言われ、その子どもたちもまた、両親の関係に巻き込まれ苦しんでいます。家族のそして社会の問題でもあるのです。

回復への道には、医療だけでは限界があり、自助グループの活動など、体験を共有し語る場が効果をあげています。そこでは、「言いっぱなし聞きっぱなし」と言う、一人一人が順番に語り、けれどそれに質問したり感想を言うなどのやり取りはしない方式を重視した運営がなされています。聴いてくれる人のいる場で体験を語ることが新たなストーリーを構築し、あるいは体験を語っている時にはアルコールなどに依存せずとも済むのです。

講義では若い人向けに、一気飲みによる急性アルコール中毒やアルコールハラスメントなどの話もしましたが、講義後にいただいた感想では、アルコール依存症の理解には疾患を超えた心理、家族、社会を視野に入れた理解が大事だと思ったという内容が比較的多く、多角的な見方をしてくださるきっかけになったようでした。私も真剣に聞いていただいた上コメントを頂けいい刺激と活力を得ることができました。

 

引用・参考

1)朝日新聞(2015)be between 読者とつくる やめられないものありますか? 

2)なだいなだ(1999)アルコーリズム 社会的人間の病気 朝日文庫 p.23