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研究7 オーラル・ヒストリーと社会

先日の中学生対象の教科書、「イギリスの歴史」では、生徒にオーラル・ヒストリーを促す質問事項を考えさせ、物語としての歴史を理解できるように構成されていました。

オーラル・ヒストリーは、御厨1) によると、「公人の、専門家による、万人のための口述記録」だと言います。日本の古いタイプの公職経験者は「言わず語らず」を伝統としてきましたが、イギリスでは、有名な政治家は回顧録を書いてはじめて職務を終えるとされ、将来歴史が掘り起こされ判断される際に、その記録が功を奏するのだそうです。またアメリカには、組織の歴史を書くパブリック・ヒストリアンという範疇があり、個人がずっと一つの会社、一つの組織にいるということが無いアメリカ社会の組織において、ヒストリーをストックしておく機能となっているそうです。こちらは訴訟社会ならではらしいですが。

日本では、むしろ無名の人々の聞き書きによって、江戸の暮らしや明治の暮らしについて、市井の人々の記録が蓄積されてきたそうです。それでも、高度成長が停滞をみせ右肩上がりの経済ばかりではない、となった時、今までは何だったのかと過去に関心が向き「言わぬが花」あるいは「いわないことへの価値」を抜けていくことになりました。新聞や雑誌の発達にも後押しされたようです。また、昭和も30年も経てば昔話をするように変化が生じ、高度成長期にはじめて戦前のことが語られるようにもなったそうで、語りとして表現されるには時間の経過が必要なことがわかります。

そもそも、オーラル・ヒストリーは、御厨氏の定義よりもずっと以前に、無文字社会において、口頭伝承で伝わっている世界を記録する方法として生まれてきました。文化人類学者はテープレコーダーを持ってあらゆる部族の生活を見聞きして記録を取ったのです。

「イギリスの歴史」で生徒に課題として提示されたオーラル・ヒストリーの質問事項は、アフリカ系カリブ海移民やアジア系移民が対象になっていました。英語では十分なコミュニケーションが取れない可能性が強い対象です。こうして異文化の人々の語りを聞き、社会的弱者の視点から歴史を読み解く姿勢を持つことは、同化を強要しない寛容型社会を創り出すもととなるのではないでしょうか。

オーラル・ヒストリーによって、時代に流れる雰囲気や文脈を知ることによって、当時の文書を読み解く感覚もまた養われると思いました。

 

参考・引用

1)御厨貴(2002)オーラル・ヒストリー 現代史のための口述記録 中公新書