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岬カフェ

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5月の連休。昔は子どもの少年野球の試合の準備や観戦や後片付けで、あっという間に過ぎて行きましたが、最近では、冬物と夏物の入れ替えをする以外は、特に遠出するでもなく家で過ごすことが多くなりました。年末年始やお盆のように慌ただしい行事のようなこともなく、そのせいか、自分のこころの裏庭に入り込んで、どうなっているのか、何か変わったことはないのかあるのか、今一度確かめる、そんな時間になっています。

先日、知人に誘っていただき、千葉の岬カフェを訪れました。それで、森沢明夫著「虹の岬の喫茶店(幻冬舎文庫)」を読んでみました。

青ペンキで塗られた岬の先端にある小さな喫茶店の未亡人の店主と、そこを訪れるお客さんたちが織りなす物語でした。店主は柏木悦子さんという60歳代半ばの女性。

白血病で妻を亡くしたばかりの男性と幼い娘、就職活動に疲れてしまった青年、倒産と借金で家族も失った泥棒、50歳も過ぎて出向を言い渡された男性、そして、悦子さんの甥っ子。それぞれが秘めるこころの傷が、珈琲と音楽と眺望と、悦子さんとのちょっとした会話で変化していきます。一見、それぞれ別々の物語であるようですが、悦子さんの亡くした夫への想いと、珈琲カップや砥石などちょっとした物が、つなぎ役になっていきます。

心の繊細さ、優しさ、いとおしさ、そんな、普段は忘れかけている感覚や感情が呼び起こされ、今一度、千葉の岬カフェの雰囲気と珈琲の香りがよみがえり、そこから海を眺めていた自分のこころが戻ってくるような体験。そして、私は今どうあるのだうか、どうありたいのだろうか、と思いめぐらす時間を過ごしました。

この小説、悦子さんをめぐる、男性の喪失の心情をつづる小説なのかなと思って、読み進めたのですが、最後は、悦子さん自身についてつづられた物語で締めくくられていました。もう閉めようと思った喫茶店を続ける決意をします。

悦子さんは、喫茶店に引き寄せられるように訪れてきた男性客の喪失の物語に一つ一つ添うことで、亡き夫の喪失の悲しさにもふれ、そして、長い長い喪が明けて、こころに灯を見つけることができたのかもしれません。読んでいると、ずっと悦子さんが男性たちを癒しているように見えましたが、実は悦子さんのほうが癒されていたのでしょうか。人の出会いの不思議さを感じ、優しい小さな光がこころに灯る小説でした。