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研究1  研究者とは何をする人か?-キュレーターという仕事を知って

ある記事から、「キュレーター」という言葉が目に飛び込んできて関心を持ちました。森美術館の荒木夏実氏のインタビュー記事でした。キュレーターとは、展覧会の企画と実施をする人で学芸員に似ていますが、より独立性があって、総合的に任されているイメージがある仕事だそうです。

記事のなかに、荒木氏が、作品や展覧会について文章を書くと、アーティストから「誰にも話さなかったことがどうしてわかったんですか」とか、「自分でも考えたことがなかった見方だ」と潜在意識にあったものが引き出されたという感想が聞かれることがある、という一節がありました。続けて、こうした文章化などによって、他者の視線にさらされてさまざまな読み取られ方をしていくことが、作品の面白さだと述べていました。

最近では、ストーリー・コーという、ニューヨークで設立されたインスティテューションで、家族のメンバー同士や友人同士など、一般市民が対話をしているその本物の声を記録して、そのストーリーをシェアしようというプロジェクトがあったそうです。こうした必ずしもアート作品ではないものも、ある文脈にのせてキュレーターが紹介することもあるのです。アートとアートでないものの境界を行きつ戻りつすることが、作品の潜在的な意味を引き出すキュレターの仕事の一部なのかもしれません。

私は、主にインタビューや参加観察の方法で研究を進めていますが、その結果が何を言わんとしているのか読み取って言葉にするのに苦心しています。はじめは「こういう意味を示している!」と思っても、同じ結果から、何通りもの意味が見出されることもあります。他の論文と対照しながら、ある時には、研究参加者にもう一度確認させていただきながら、さらには、読者の特徴を考えて文章構成しながら、何とかようやく小さな論文が一つできあがります。論文への反応はさまざまです。共通するところが結構多いなあと思います。

研究者は、より客観的に事象を分析し論文として表現する努力をしますがその際、たとえば、研究参加者の語りを分析するとき、キュレーターのように、意識的な部分を越えて、潜在的意味も含め広く深く現象を見つめる姿勢を持つことによって、より多面的で重層的な現実の発見と考察へと導くことが可能になるかもしれないと思いました

 

参考: 

少数派であることを恐れない――現代アートを仕事にすること / 森美術館キュレーター・荒木夏実氏インタビュー | SYNODOS -シノドス-